GAZE "GAZE" Topic

January 1 , 1999

特集 「世界中に散らばる避難民達」


金色に光る甲冑。その穏やかなる表情の前に、様々な民族が集う。混沌と騒乱の世界においてもなお、粛々とした空気が城内に流れ、信教の違いを超えた祈りが始まる。故郷を離れ、新天地で聖夜を迎える避難民達。礼節を重んじ頭をたれながらも、これから迎える人類史最大の脅威に、震えを抑えられる者はいない。小惑星ユリシーズの落着というユージア大陸に運命付けられた難を逃れ、人々は世界中に散らばり始めた。
◆「シェルター化された古城」
エメリア共和国首都グレースメリア。共和制の移行と共に遷都されたこの街は、西部旧市街と、湾を挟んで発展した新市街を結ぶ「王様橋("Kings Bridge")」の存在でも知られている。エメリア国内はもちろん、アネア大陸の中でも極めて発展した大都市だ。
そのグレースメリア市街地を一望する小高い丘陵地に、15世紀の王政時代から繁栄を続けてきた古城はある。広大な敷地内では急ピッチで地下シェルターの建造工事が行われており、先行して設営された一部区画では、難民認定者の第一陣受け入れが開始されはじめた。施工開始から3ヶ月という急ごしらえの為、ユージア各地にある主要都市レベルの深度掘削はできなかったものの、地元ゼネコンにより施工されたシェルター外郭は頑強だ。超高強度繊維補強コンクリートで作られたそれは、耐衝撃性を持つと同時に広い内部空間を確保し、収容可能人数は1万5000人規模にも及ぶという。とはいえ一人あたりの割当スペースは約3.3u。これ以上の快適性が必要かどうかは、また別の話だが。
市内にはここも含め、大小合わせて16箇所にシェルターが建造される予定で、最終的には20万人余りの避難民がこの地でユリシーズ・デイを迎える。 これはアネア大陸内の主要都市では勿論最大規模であり、全世界の避難民受入分担を見てもオーシア連邦首都オーレッドに次ぐ数字だ。
‘98年12月現在、シェルター設営が計画されている予定地は国連加盟国だけでも160箇所を数え、各国は規模の差こそあれユージア大陸及びその周辺国からの避難民受け入れを表明している。また医療、食糧、毛布、アウトリーチ等の難民支援についても既にNGOを中心とした活動がもたらされ、ネットワークは更に広がりつつある。
小惑星落着まであと半年余。北の空に近づくユリシーズに急かされるように、地球規模での民族大移動が今まさに始まった。
◆「拡大された被害範囲」
直前でのこうした大規模な避難民増加の背景には、昨年7月に国際天文学連合(IAU)が公表した、小惑星ユリシーズによる被害予測パターンの月次更新報告がある。それによると、コモナ天文台が追跡調査を継続した42ヶ月目(’98年6月)の時点で、探査衛星が接近。撮像及び重力測定結果を総合したところ、小惑星本体の組成がより鮮明化。ユリシーズの内部構造に空洞もしくは隙間が存在している可能性が明らかになった。この内容をもとにIAU天文物理学チームが予測軌道の再計算を行い、シールズブリッジ大学も検算を受託。その結果地球の重力と小惑星の質量から換算すると、分裂したユリシーズは大別して2つのグループに離散。従来想定されていた以上の広範囲に渡り岩石の破片が地表面に分散するものと判明した。
この被害予測パターンは異例にもIAU単独での公表がなされた。その経緯としては、FCU主導によるSTN計画の抜本的見直しをこの段階では到底行えるものではないとFCU政府及び国連議長間で合意された為だ。それまでSTN計画では、ロシュ限界点を超えたユリシーズの分散範囲をユージア大陸中央部から半径1200〜1500kmと想定し、迎撃に向けた計画を遂行していた。しかし更新された被害パターンはこれを大きく上回り、東経135度から西経30度までの子午線を貫くかたちで破片が分散すると予測されたのだ。
最大の被災予測地は変わらずユージア大陸とされたが、それ以上に北極を境にしたアネア大陸東部にも影響が及ぶという可能性には、高度な迎撃能力を有する『ストーンヘンジ(:隕石迎撃砲)』を持ってしても対応できるものではない。また迎撃可能範囲を拡張した場合に生ずるであろう様々なリスクは、ただでさえ難航している国家間の調整に新たな火種を生み出しかねない。現段階でFCUが優先すべきは、STN計画全体の安定性確保と、確実な遂行を同盟国間で行う事であると判断された。
無論、大陸内への落着の可能性を示唆され、アネア各国は騒然となる。サンサルバシオンに建設されたストーンヘンジの完成が目前となったユージア大陸はともかく、今から自衛の為に費やせる技術も資源も到底無い自分達には、極めて絶望的な状況を突きつけられたからだ。「衝突の可能性」の報を突然出したIAUとFCU側の危機管理能力に責任を求める声は大きく、各地で不信任を訴える大規模なデモに発展しかけたが、追い込まれた国民の気持ちを察するにとても冷静な対応を求めることは出来なかっただろう。科学的に正しい判断ばかりが人身を救うとは限らないからだ。
しかしこの様な混乱した状況の中、エメリア共和国旧王室アルベルト・ローレンス卿の呼びかけが世界を収束し始める事となる。
◆「エメリアに呼応する世界」
城の西側にある空軍基地では、連日避難民の入国が行われている。長い空路を経て疲れきった家族達を労う様に、ローレンス卿は一人一人に声をかける。アウレリウス国王の末裔であるローレンス卿は、ユリシーズ難民の国内受け入れをエメリア政府に対して働き掛け、また周辺国―特に王政をしいていた諸外国―に対し路線誘導を提唱した人物だ。歴史的遺産であるグレースメリア城内にシェルターを建造するという英断も氏によるものであるが、これには慈善的判断以上に、城そのものが持つ構造上の特性を深く理解していた理由がある。
「城」とはそもそも、敵に攻め込まれた際の防衛拠点として設けられた構造物である。そこは戦闘を行う際の要であると同時に、食糧や武器、資金の集積場所でもある。そして政治や情報の集約地である城は、往々にして山地に建築されることが多い。これは純粋防衛的な意味を持ち、敵の侵入を困難にすると同時に、水害等の自然災害からも逃れることができる。
この構造特性は、小惑星落着の場合にも大きな利点となるとローレンス卿は判断した。城内地下を縦横無尽に走る通路や部屋はそのまま避難施設として活用でき、頑強な地盤を有する城内であればさらに拡張する事も可能だ。各種インフラが遮断されたとしても備蓄物資の管理を独自に行うことが出来るため、状況に合わせた最適な生命維持活動を行うことが出来る。また万が一海洋に岩石が落着した場合でも、小高い丘の上に建てられている城の立地条件を考えれば、沿岸地であったとしても津波などの影響を最小限に止められる事も大きい。
グレースメリア城に限らず、現在各国が保有管理している城塞は歴史的価値以上の機能を持っていないものが殆どだ。ローレンス卿はこの点に着目し、実際の難民援助に活用すべき事を各国の王室に提唱していったのだ。エメリア政府はこれを全面的に支援し、衝突危険レベル(IMPACT HAZARD LEVEL)の引き上げが行われた地域を優先した網羅的な救済計画を立案。エメリアが保有する航空機、船舶を用いた人員輸送、人道的な国際機関などへの要員派遣を企てた。「攻めのFCUであれば、守りは誰がするのか。小惑星落下という事実は人類にとって等価であり、我々は行動を問われている」エメリア政府のこの掛け声に対し、各国が呼応するのに時間はかからなかった。
◆「金色の王伝説」
「子供の頃を思いだします。ちょうど貴方の立っている足下辺りが私の秘密基地でした」 ローレンス卿は悪戯っぽく笑う。我々は避難民達が集まる謁見室に案内され、玉座に座る金色の王像を前にした。多くの展示物が保管室内に撤去された中、この大柄な像だけが国民のために残された。エメリア国民の礎であり、心のよりどころである「金色の王」だけは、小惑星落下のその時も共にしたいという民の切なる願いにローレンス卿が対応したものだ。国内に到着した避難民達も、まずこの場所に集まってくるという。
「金色の王」はアネア大陸に伝わる古代神話に描かれた戦神「金色の巨人」を基に、中世の英雄王アウレリウス2世により作られた。古来からグレースメリア周辺は恵まれた土地であり、土地の支配権を巡って諸侯が争いを繰り広げたため、グレースメリアは荒廃し、治安が悪化。諸外国からも侵略を受けるようになり、王権は失墜、エメリア国内は混沌とした状況になった。この争いに終止符を打ち、外国の侵入を防ごうと立ち上がったのがアウレリウス2世だ。
味方の士気向上のために作られたこの「金色の王」を擁する部隊は常勝を誇り、次第にこの像を目の当たりにした敵は戦意を喪失。戦わずして勝つことが多くなった。最終局面では、アウレリウス2世が自らエメリアの諸侯たちを説得し国内を治め諸外国の付け入る隙を封じ、争いに終止符を打ったという。この話は、エメリアが共和制に移行する際の新国家樹立宣言においても引き合いに出された。
表情はアウレリウス2世のアレンジという。確かに我々はこの近くで似た顔を見た事がある。勇ましさよりも、平和を愛する顔だ。窓の外に見える寒空をものともせぬ様な輝きを放ち、人々の祈りを受け止めている。今日は祝福の日。幾多の想いが重ね合わさり、歌声が聞こえはじめる。
ローレンス卿は目を閉じて言う。
「私は彼と同じことをしたいと思っている。それだけです」
6500万年前の恐竜絶滅は巨大な小惑星の衝突によるものとされているが、小惑星の衝突は人類の歴史にも多大な影響を与えてきた可能性があるという。突然の文明の消滅や、ある時期を切り取ったような文化の消失、終末思想の台頭。だがその度に人類は成長し、繁栄を目指してきた。多くの歴史家によって編纂された様に、この出来事もまた人類への大きな試練として史実に残るだろう。それは我々が来年のこの日まで生き延びることが出来た場合ではあるが、これから始まる苦難と破局は必ずや克服できると我々は信じている。これは誰の身にふりかかったものでもない、人類全体が歩む道だからだ。