CHRONICLE "The Emmerian Chronicle"

February 5 , 2014
◆内戦再燃か
4日午前9時ごろ、エストバキア西部ビストークで、復興援助物資の一時集積施設が旧リエース派武装勢力の襲撃を受けた。この襲撃でエメリア兵8名が死亡。NGOスタッフを含む民間人27名が死傷し、5万人分あまりの食料と医薬品などを含む援助物資が奪われた。
襲撃を受けたビストークの一時集積施設には約50万人分の食料や援助物資が集められ、エストバキア西部一帯をカバーする重要な中継地点となっている。そのため、エメリア軍復興支援部隊による厳重な警備体制が布かれており、近く増強される予定もあった。ビストーク周辺では、物資運搬トラックを狙った襲撃が散発的に発生していたが、今回のような援助の拠点を狙った襲撃は初めて。今後の支援活動に影響を与えそうだ。
エストバキア国内では、今年11月に起きたアイザック・アレンスキー外相襲撃事件をきっかけに旧リエース派武装勢力の動きが活発化してきており、旧軍閥間の対立が再燃するのではないかとの不安が広がっている。
◆「エメリアの援助策がエストバキアを混乱に陥れた」
エメリアのベル特別復興大使はビストークでの銃撃事件を受け、同日に行われたエストバキア復興支援会議の席上で、2011年より停止していたエストバキアに対する復興支援は変更せず、予定通り再開させると表明した。今回の援助は行政経費支援、インフラ再建に重点が置かれる予定であり、エメリアの安全保障の観点からも重要となる。具体的な内容は今月8日から調整に入る予定だ。
今回の追加援助に対し、ベル特使は「エストバキアの内戦からの復興は世界的な急務。我が国はユリシーズに起因する災害からの世界的復興と恒久的な世界平和を確立するため、如何なる努力も惜しまない」として、エストバキア復興へ意欲をにじませている。
しかし、一方では軍事政権に対する危惧が指摘されており、今回の支援がリエース派統一戦線(以下、LUF)の二の舞になるとの見方もある。
また、同席上でエストバキアのアントニナ・コズニク新外相(元東部軍閥、海軍大佐)は、内戦時にエメリア政府が実施したLUFに対する「無計画な援助」をエストバキアにおける内戦勃発の一因として発言。これに対してベル特使は、LUFへの支援はエストバキアの早期復興が目的でありLUFの武力制圧を支援したものではないとした上で「復興支援を受けている立場にも関わらず、エストバキアは国内の不満をエメリアに向けるつもりではないのか」と反論の声もあげた。
これまでこういった批判は表に出ることは無かったが、閣僚が公式の場でエメリアの責任について発言したことで今後のエストバキアとの関係に影を落とすことになりそうだ。
◆これまでのエメリアによる復興支援活動
エメリア政府がユリシーズ復興援助政策を開始してから今年で14年目になる。2000年から始まったエストバキアへの復興支援はNGOなどの協力の下、エストバキアの自助努力による復興に向けて段階的に進められる予定であった。しかし、軍閥と呼ばれる武装勢力による地域支配が本格化すると、中央政府の影響力が弱まり軍閥の存在が復興支援活動の大きな障害となっていった。インフラ復旧の遅延や慢性的な物資不足も伴って、エストバキアは軍閥間での抗争や略奪が横行する状態になり、援助政策は実施が不可能と判断されて一時的に凍結されることとなった。(2004年にはアネア大陸に存在するエメリア、エストバキア、ノルデンナヴィクをひとつの国家をとする「アネア共和国構想」の実現に向けて、アネア共和国準備機構が設立されていたが、エストバキアの情勢悪化を受けて2008年に一時凍結されている)
2007年4月、リエース派統一戦線(以下LUF)が旧政府に変わり「正統な政府」として旧首都を含むエストバキア西部を支配下に置いた。エメリア政府は凍結した復興支援を再度進めるべく、LUFが推進する復興政策を支援する形に転換する。しかし、この復興政策支援はLUFにより敵対する勢力への弾圧に利用された。特に、リエース派の支配を受け入れなかった都市グレジーナは、ライフラインを破壊されたうえ物資の配給を止められ、20万人の市民が死亡することとなった。
この弾圧をきっかけとしてLUFに反発した東部軍閥をはじめとする各軍閥が次々と蜂起、6年に亘る内戦へと突入していった。エメリア政府は2010年にLUFへの支援を打ち切ったが、この復興政策支援は「無計画な援助」として旧東部軍閥勢力を中心とする現エストバキア政府との間に禍根を残す結果となる。事実、4日に発表された復興支援策はエストバキアへの「損害賠償」としての側面を持つとされる。
現在のエストバキアはインフラ復旧の遅延、40%を超える高い失業率、エストバキアからの独立を主張する武装勢力の存在など多くの問題を抱えている。エメリアの有力シンクタンク、アマースト研究所の分析では、エストバキアに対する世界的な復興支援が実施されない限り、エストバキアが90年代の経済水準に復興するまでには30年以上必要と報告している。今後、エストバキアの早期復興にはエメリアのみならず世界的な支援が不可欠だ。
◆アイザック・アレンスキー元外相、死去。
昨年11月に起きたアイザック・アレンスキー外相襲撃事件で意識不明の重体に陥っていたアイザック・アレンスキー元外相が、昨年12月2日に亡くなっていた事がエストバキア当局の発表で明らかになった。
アレンスキー氏はエメリア訪問のためザウレク国際空港へ向かう車中、重火器で武装した集団に襲撃を受けた。アレンスキー氏は車外への脱出を試みたところで手りゅう弾の爆発に巻き込まれ重症を負う。犯人は2名が逃走、3名がその場にいあわせた護衛部隊により射殺された。当時、アレンスキー氏は外交政策を巡りヤコヴ・シューケル首相をはじめとする旧東部軍閥の閣僚たちとの折り合いが悪かったとの一部報道により、その犯人像を巡って憶測が飛び交ったが、エストバキア当局はエストバキアからの独立を主張する旧リエース派の軍人による犯行と断定。事件発生から1週間後、当局により逃走した実行犯を含む事件に関わった15名が逮捕された。
アレンスキー氏死去の発表が遅れた理由については、「後任が決まり、復興支援への道筋が立ってから」との故人の意志を尊重した上での判断であることを強調した。
アレンスキー氏は旧北部高地派の空軍中将で新政権樹立の立役者としてエストバキアだけではなくエメリアにおいてもその名が知られている。新政権樹立後は初代外相を務め、内戦終結直後からエストバキア復興に向けて諸外国へ熱心に働きかけていた。事件当日もエメリア主催の復興支援会議に出席するためにグレースメリアに向かう予定であった。
エストバキア軍総司令官のドヴロニク上級大将(旧東部軍閥)とは盟友の間柄で、内戦当時の北部高地派の東部軍閥への併合は、彼らの絆が在ってこそ成し得たとされる。ドヴロニク上級大将は盟友の死が発表された当日、報道陣に異例のコメントを寄せている。
「同士討ちの時代は彼の死を以って終わらなければならない。我々は彼の意志を継ぎ、自らの手で誇り高きエストバキアを取り戻すだろう」